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RIKEN Atomic, Molecular & Optical Physics Laboratory

研究紹介

極低温イオン貯蔵リング「RICE」における低温分子イオン分光・ダイナミクス研究

本研究室では、極低温静電型イオン蓄積リング(RIKEN Cryogenic Electrostatic Ring : RICE)を独自開発し、本装置を用いた原子分子物理の実験的研究を推進しています。

本蓄積リングは、荷電粒子の空間捕捉を、静電場のみによって作られたレーストラック状のポテンシャル軌道への周回によって実現するため、『ビーム形状でのイオン捕捉』『質量・価数の不選択制』『低摂動(無磁場・低電場)条件でのイオン捕捉』などの特徴から、さまざまな実験への応用が考えられる非常に魅力的なツールです。特に、極低温(4 K)・極高真空環境下(10-10 Pa)での運転を実現することで、真空中に非常に長い時間(>1000秒)にわたってイオンを孤立した環境下に捕捉し、黒体輻射の影響の小ささからその内部量子状態を容易に制御することができます。

RICEの開発は、当研究室のメインテーマの一つとして、2010年の研究室発足当初から開始され、2014年にイオンビーム捕捉実験に成功し、ドイツのCSR、スウェーデンのDESIREEと並ぶ、極低温静電型イオン蓄積リングの一つとして稼働を始めました。

現在、以下に紹介する 『(a) 予備冷却イオントラップ』、 『(b) 中性原子ビーム源』、 『(c) 超流動ヘリウム液滴』、 『(d) TESマイクロカロリーメータ』といった最新技術をRICEに導入することで、これらの特徴を活かした、様々な低温分子イオンの分光や衝突実験を計画しています。そのスコープには、原子・分子の一価イオンはもちろん、マイナスイオン、多価イオン、生体分子イオンなども含まれ、宇宙・化学・生物など非常に幅広い研究分野への応用を目指しています。今後、分子イオンN2O+の分光実験を皮切りに、多彩なイオンの実験研究を展開します。

Rev. Sci. Instrum. 88, 033110 (2017)

(a) 予備冷却イオントラップ

RICEに入射するイオンの予備冷却システムとして、イオントラップを開発しています。本システムは、下図に示すように、イオン源、四重極質量フィルター、極低温高周波(RF)八重極イオントラップ、およびパルス加速ユニットから構成されます。

イオン源には、エレクトロスプレーイオン源(ESI)、及び、レーザーアブレーションイオン源(LAIS)という、2種類のイオン源を導入しています。 ESIは、目的の分子を含む溶液からイオンを生成し、針を介してビームラインへ入射します。針の先端に数kVの高電圧をかけ、液滴内の対象分子をイオン化します。”ソフト”イオン化の手法として知られており、例えば、タンパク質など大きな生体分子種のイオン生成に適しています。一方LAISは、レーザーパルスを用いて標的材料のアブレーションによりイオンを生成します。ESIに比べイオン生成過程は激しいですが、標的固体を用意するだけでイオン生成できるため、高い汎用性を有します。

次に、特定のイオン種を選択するため、四重極質量フィルターを用います。RF電圧を印加し、特定のRF周波数において、特定のイオン質量のみ通過させることで選別します。これにより、目的の種のみを含む純粋なイオンバンチの生成が可能となります。

質量選別後のイオンバンチは、5.7 Kに冷却されたRF八重極イオントラップに入射されます。イオンの内部自由度を効果的に冷却するため、ヘリウムバッファーガスをトラップ内に導入します。ここで、トラップ中のヘリウムバッファーガスとの衝突は、励起状態のイオンに対して脱励起を引き起こし基底状態に近づけます。最大108個のイオンをトラップに保存および冷却できるため、RICEリングに注入するのに十分な量の予冷されたイオンが生成されます。

イオントラップから引き出したイオンは、パルス加速ユニットにより、最大20 keVのエネルギーまで加速します。イオンビームが、加速ユニットに向かって移動している間は、接地電位を保持し、加速ユニットに入ると、例えば20 keVの運動エネルギーに対して20 kVまで急速に上昇させます。加速装置を出るとイオン束は加速され、RICEリングで使用される適切な蓄積エネルギーとなります。

Rev. Sci. Instr. 89, 113110 (2018)

(b) 中性原子ビーム源

RICEの蓄積イオンビームと中性原子ビームの合流衝突実験による、低温環境下における低エネルギー衝突ダイナミクス(meV ~ eVの衝突エネルギー)の研究を実現するため、中性原子ビーム源を開発しています。これにより、星間分子(例えば直線炭素鎖分子など)の生成・崩壊ダイナミクスを地上で直接研究する手段が拓かれ、宇宙の星間分子雲における分子進化過程の理解に向けた具体的検証を行うことが可能となります。

星間雲とは、星と星の間にあるガスと固体微粒子の集まりで、このうち特に密度の高く、主成分である水素が主に水素分子として存在する星間雲は、星間分子雲と呼ばれ、星はこの星間分子雲で生まれます。密度が高いとはいえ102–104 cm-3 程度であり、さらに低温(10–100 K)であることから、化学の常識から考えれば分子生成には非常に不利な環境です。しかしながら、観測天文学の進展により、星間分子雲内部に200種類以上の分子が存在することが近年明らかになってきました。

この事実は、低温においても活性を失わない化学反応があることを示唆しています。特にイオンと中性原子および分子の反応、いわゆるイオン-分子反応は、低エネルギー側で衝突断面積が増大するため、重要な過程の1つと考えられています。さらに、分子の個性が明確に表れる低温領域の化学反応は、量子効果に起因する反応速度の増大など、特異な現象を生じやすく、このような低温特有の効果が分子形成に寄与している可能性があります。

特に、RICE内で捕捉した炭化水素系の分子イオンに対して、開発中の中性原子ビームを照射することで、そのイオン–分子反応の反応断面積を測定する実験を計画しています。これによって、近年、星間分子雲の発達プロセスのうち特に重要な役割を負っていると注目されている複雑な有機分子(Complex Organic Molecules; COMs)の生成プロセスをも追究することが可能となります。

RICE内に捕捉されたイオンは、同一方向にある程度揃った速度分布で運動しているため、中性原子ビームをイオンの運動方向と平行に同速度で照射することで、非常に小さな相対速度での反応を実現することができます。この手法を合流ビーム法と呼びます。

RICEが提供する4 K環境は、反応速度定数の測定実験に必要不可欠な長時間捕捉を行う事ができるだけでなく、分子イオンの振動・回転準位の制御も可能にします。このことから、運動エネルギーのみならず、分子イオンが持つ内部自由度が反応へもたらす寄与の実験的検証も期待されます。

本実験の実現のため、現在中性原子ビーム源の開発を進めています。本実験で中性原子ビーム源が満たすべき条件は、
①中性原子の速度分布が十分に狭く、ビームの角度拡がりも十分に小さいこと、
②イオンビームと中性ビームとの相対速度を正確に制御出来ること、
③中性原子の電子状態を基底状態へ制御できること、
の主に3点です。中性原子ビームは電場や磁場でコントロールすることができないため、①②を満たすために負イオンビームから電子を脱離する手法をとりました。また③を満たすためにレーザーを用いた光脱離により中性化を行っています。実験に充分な光脱離効率を確保するため、大強度半導体レーザー(5 kW)を採用し、さらに共振器を組んで光密度の増強を試みています。現在、この中性原子ビーム源は試運転中で、将来的にはRICEに接続して、イオンビームとの合流実験を行う予定です。


(c) 超流動ヘリウム液滴

ヘリウム液滴は0.4 Kの大きな液体ヘリウムクラスターです。ヘリウム液滴は様々な分子種を簡単に捕捉することができ、捕捉した分子種の振動回転エネルギーをすぐに0.4 Kまで冷やすことができます。さらに、液滴は超流動状態になっているため、捕捉した分子の回転運動と内部エネルギーの緩和過程へ特徴的な応答を示します。この新しいプロジェクトは2014年に始まり、ヘリウム液滴法を広い範囲の分子イオンへ応用することを目標にしています。内部にイオンがあると、液滴の遷移運動は荷電粒子の従来の方法によって制御されます。したがって、このプロジェクトはRICEへ導入されたヘリウム液滴の長い時間スケールの分子イオンダイナミクスへ焦点を当てています。このプロジェクトの実験構成が下の図です。最初の段階として、0.4 Kの分子イオンを高い効率で生成するためのヘリウム液滴マシンの開発から始めました。

ヘリウム液滴はヘリウムの高圧力(1 MPa超)、低温(20 K未満)のノズルから分子ビームとして生成されます。5 µmの典型的なノズル口の直径から展開した後、ヘリウム原子は大きな液体クラスターを作るために集合します。最後には表面分子の蒸発によって0.4 Kにまで温度が下がります。結果として生じたヘリウム液滴ビームは、分子イオン生成のために下流でスキムされます。


(d) TESマイクロカロリーメータ

TESとは、Transition Edge Sensor (超伝導転移端センサー)の略称で、極低温技術を応用した検出器のひとつです。その名の通り、超伝導から常伝導への相転移における急激な抵抗変化を利用し、入射粒子によって生じた吸収体における微量な温度変化を高感度に測定する熱量計(マイクロカロリメータ)です。TESマイクロカロリメータは、0.1 Kという極低温で動作させるため超低雑音を実現し、極めて優れたエネルギー分解能を備え、熱に変換可能なあらゆる種類の粒子に感度をもちます。主に、赤外からガンマ線までのエネルギー分解の単一光子検出器として、近年急速に発展を遂げています。

本研究室では、アメリカ国立標準技術研究所(NIST)をはじめとする国内外の超伝導検出器チーム、宇宙物理・原子核物理分野の研究者との共同研究により、TESのビーム実験応用を推進しています。以下に示す「TESマイクロカロリメータを用いたミュオン原子分光研究」では、最先端多素子TESを用いて大型加速器施設における高分解能X線分光実験を行っています。

一方、RICEにおいては、TESを光子ではなく“粒子”の検出に応用します。低エネルギー衝突実験において、生成フラグメントの最も確実な同定法は、その質量を測定することです。但し、生成分子が中性の場合、イオン化により電荷を持たせること無しには通常の質量分析法は適用できません。生成中性分子が反応前のイオンとほぼ同じ速度を持つ衝突実験では、並進エネルギーの高精度測定により生成分子種の同定(質量測定)が可能となりますが、この生成中性分子フラグメントは、高々10 keVの運動エネルギーしか持たず、例えば半導体検出器等では、最表面でエネルギーを落としてしまい(Siで厚さ0.1μm以下)空乏層まで届きません。従来、比較的検出効率が高いMCP(micro-channel plate)が使用されてきましたが、本質的にエネルギー弁別能力が無く、長らく低エネルギー中性粒子のエネルギー測定に関する技術革新が待望されていました。

TESは、吸収体表面でエネルギーを落とす低エネルギー入射中性分子にも十分感度があり、且つ、高いエネルギー分解能を持ち合わせた理想的な検出器となります。但し、低エネルギー中性分子は、X線とは異なり透過率が低いため、各冷却ステージ(50mK, 3K, 50K)に配置された熱輻射遮蔽窓を除去する必要があります。幸いRICEは4Kに冷えた低温蓄積リングのため、極低温検出器TESとの相性が良く、窓無しによる熱輻射の影響を最小限に抑えることが可能です。我々は、世界で初めてTESを超伝導分子検出器として応用し、新たな高分解能質量分析装置を確立することで、今まで適切な観察手段を持たなかった、終状態の中性分子の質量を抑えた、原子分子の生成・崩壊過程のダイナミクス研究を推進しています。



コヒーレント共鳴励起を用いた高速多価重イオン分光・ダイナミクス研究

コヒーレント共鳴励起(Resonant Coherent Excitation, RCE)はイオンを結晶に入射した際、結晶中の周期電場がイオンにとっては時間的な電場の振動として感じられ、入射イオンの内部状態が励起される現象です。コヒーレントな光源が少ないX線領域において、RCEは重要な研究手法の一つとなっています。

実験では、HIMACあるいはGSIから供給される重イオンビームを直径1mm程度のコリメータで細く切り取り、1µm程度の厚さのシリコン(Si)結晶に入射します。結晶はゴニオメータにマウントされ、結晶の角度を精密に制御することが可能になっています。イオンが感じる結晶場の周期はイオンの速度、結晶の格子間隔及び結晶の角度等で決まりますが、結晶の角度を走査することで共鳴条件を満たすように調整することができます。イオンの内部状態の励起は (1)励起後の電離による結晶通過後のイオンの価数変化、あるいは (2)脱励起に伴うX線測定によって観測されます。

本研究室では千葉県の加速器施設HIMACあるいはドイツ・加速器施設GSIの重イオンビームを用いて、(1)イオンの量子状態制御 及び (2)イオン精密分光 を通じた束縛系量子電磁力学の検証の二つを主眼として研究を行っています。イオンの分光については下記のEBIT多価イオン源を用いた研究についての文章も是非ご覧ください。



超流動ヘリウム液滴による低温分子分光研究

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TESマイクロカロリメータを用いたミュオン原子分光研究

ミュオン原子とは、電子の代わりに1つの負ミュオンが原子核にクーロン場によって束縛された系で、本質的には水素のような原子です。ミュオンは電子の約200倍の質量を持つため、ボーア半径は200倍小さく、内部電場強度は通常原子の40,000倍に達します。内部電場強度は、原子番号Zの3乗に比例する為、Zの大きなミュオン原子においては、電界が量子電磁力学(QED)において非線形になるシュウィンガー極限(1.32×1018 [V/m])よりもはるかに大きい非常に強い電界を持ちます。

本研究は、真空中に孤立した多価ミュオン原子の高精度X線分光により、極限高電場条件下でのQED効果の検証を目指しています。ミュオン原子は、生成直後の高励起状態から脱励起する過程で、元々原子が持っていた束縛電子をAuger電子として次々と弾き飛ばし、最終的に、孤立した水素様多価イオンを生成することができます。但し、近くに他の原子があると(密度が高い標的を用いると)すぐに電子が補給されてしまうため、希薄ガス標的を用いる必要があります。しかしながら、低密度ターゲットにエネルギー幅の広いミュオンビームを効率的に停止することは実験的に難しく、波長分散型クリスタルスペクトロメータのような従来型X線分光技術では、十分なX線収量を得ることは困難でした。

我々は、この希薄ガス標的における高分解能ミュオン原子X線分光を、大強度陽子加速器施設 J-PARC におけるミュオン科学実験施設 MUSE の大強度パルス負ミュオンビームラインに、上述の最先端多素子読出技術を採り入れた高分解能X線検出器TESマイクロカロリメータを導入することで実現を目指しています。



EBIT多価イオン源中の多価重イオンレーザー分光・ダイナミクス研究

多価イオンとは、正もしくは負の方向に2価以上帯電した原子・分子の総称です。 一般的には、陽子数に比べて電子数が2個以上少ない原子イオンのことを『多価イオン』と呼称することが定着しています。1980年代以降、実験技術の成熟に伴って多価イオン研究は世界各地で発展を見せており、その大きな有効核電荷がもたらす相対論効果・量子電磁気学(QED)効果などを多分に含んだ遷移と準位構造が、多くの研究者の興味を惹きつけ、原子物理分野のホットトピックスであり続けています。

一方で多価イオンは、一般的に真空中の高エネルギー環境下で生成されるため、地球上の限られた領域で活動する我々にとって身近な存在ではありません。しかしながら、太陽中や核融合炉内など、この世界の至るところに存在する高エネルギーの電離気体『プラズマ』の諸課程を論じる際、多価イオンの役割は非常に重要となります。

プラズマ中における多価イオンの生成・発光過程を理論・実験の両面から深く理解し、さらにエネルギー状態を制御をすることは、「宇宙天気予報」や「核融合炉状態診断」などの応用につながる可能性があり、魅力的な研究対象です。

最近我々は、プラズマ中の多価イオンにレーザーを照射する新しい実験を提案し、電気通信大学と共同研究を進めています。具体的には、長寿命(100秒以上)の準安定励起状態を持つ多価イオンを電子ビームイオントラップ(EBIT)中のプラズマに捕捉し、準安定状態から別の準位への遷移させるレーザーを照射することでその脱励起を促す実験を計画しています。本手法は、プラズマ中多価イオンにおけるエネルギー状態の能動的制御を実現すると同時に、従来の方法では測定が困難であった励起状態間の禁制遷移観測をも可能にする新分光法でもあり、分光実験から原子・原子核理論の評価へ展開する応用も期待して、実験を進めています。


負ポジトロニウムイオンレーザー分光研究

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